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投稿者: Rabbi Binyomin Edery

ユダヤ式教育システム!:自立した子供を育てる方法

ユダヤ式教育システム!:自立した子供を育てる方法

ユダヤ式教育システムの秘訣?

ユダヤ人教育の成功の秘訣は何でしょうか?この質問は私たちユダヤ人に対して頻繁に尋ねられる質問の1つです。ユダヤ式の教育システムにはいくつかの方法があります。幼少期の教育では、繰り返し見直すことと・復習・そして心からの学びが不可欠です。ユダヤの子供たちは幼少期から年齢に応じてトーラー(律法)の様々な箇所を教えられます。

ペアでの学習「ヘヴルタ」

年齢を重ねると、ユダヤ式教育システムの代表ともいえる「ヘヴルタ」と呼ばれるペアでの学習が行われます。ヘヴルタの根幹はトーラーに書かれていることを「暗記」ではなく、心から「理解」することにあります。学生のペアにラビ(ユダヤ教での先生)はついています。しかし基本的には生徒がトーラーの文言について内容をお互いに確認し合い、認識の違いがあれば正しい理解に努めています。このペア学習を通して、ユダヤの子供たちは正しく、確実に心から理解する必要性を学びます。

中学生からの教育

中学校に進級後もやはりヘヴルタは学習の中心に置かれます。ヘヴルタの時間は増え、週に数時間だけ講義形式の授業があり、復習に多くの時間が割かれます。一貫したこのユダヤ式教育の目的は、学生が自身の意欲で勉強を行い、深く学ぶことにあります。先生は教室で待機し、質問や説明が必要な問題がある場合にはいつでも答えられるように準備をしています。このシステムを通し、学生は自己規律の大切さと学ぶことに対する責任感を学ぶのです。

ツェダカーから学ぶ奉仕の精神

またユダヤの教育ではツェダカーの精神が不可欠な要素として教えられます。「ツェダカー」とはトーラーにも説明されている奉仕の精神を指します。見返りを求めず、相手を思い奉仕することです。可欠な部分として強調されています。

学生は日々の暮らしで支えられている人々に対する感謝のしるしとして、毎朝硬貨を学校のチャリティーボックスに入れることが勧められています。また毎週ボランティアの時間が設けられており、学生は地域の人々に対し奉仕を行うことが奨励されています。これには、学生らが自身の生活で与えられている環境や持ち物に対し満足をせず、一つ一つの物事に感謝をささげなければならないという思いが込められています。

祈りの時間

さらに毎日お祈りの時間が必ず設けられています。学生たちは祈祷の様々な部分を共に歌い、神に感謝をします。この祈りをとおして神との精神的なつながりを意識することになります。

最初が肝心

トーラーの教えに従い勉強が始まる最初が肝心だと教えられています。タルムードが書かれた当時からの伝統で「ヘデル」と呼ばれています。父親が子供と共に登校したあと、先生が子供をひざに座らせ、ヘブライ語の最初の文字である「アレフ」を音読させます。

この「アレフ」の文字はケーキなどの上に記されており、はちみつをたらし、子供が音読しながらケーキを食べます。これはユダヤの伝統に基づくものであり、「トーラーの言葉は甘く、楽しい」ということを覚えるようにという伝統です。

子供が自分自身をみつめること

ユダヤの教育システムは「トーラー」を中心に作られており、一見すると日本の教育システムとはかけ離れているように思うかもしれません。しかし教育の根幹はどの国においても、どのような信仰においても変わらないはずです。ユダヤの教育システムにおいて学習は一方的に生徒に対して押し付けられることなく、自発的に学び、学び自体を楽しむようにされています。競争率の激しい日本の受験や膨大な量の学習を半ば強いられている日本の教育システムが、ユダヤの教育に学ぶものは少なからずあるでしょう。

今年のハヌカは11月28日の日没から!

今年のハヌカは11月28日の日没から!

今年のハヌカは11月28日の日没から始まります!ミニ・キャンドルセットと蝋燭が入ったハッピー・ハヌカセットのご用意もあります!ご希望の方はメールにその旨を記載の上送信をお願いします。

また、ハヌカの最初の晩には日本人のゲストも歓迎します!ドーナツや紅茶、コーヒー、ワインなど様々な美味しい食べ物のご用意があります。子供たちのためにはドレイデル(ハヌカの期間は勉強することが禁止されているため、最初の言葉に触れることができるようにしたユダヤ教伝統のコマ)の体験のご準備もあります!

ハバッドハウス・オブ・ジャパンに初めて訪れるゲストは、ビジターズ・フォームを記載していただく必要が御座います。メールよりハヌカ参加希望のメッセージ送信後、スタッフよりフォームを送信させて頂きます。

ハヌカへの参加を心よりお待ちしております!

ハバッド東京と共に「ヨム・キプル5782」を過ごしましょう!

ハバッド東京と共に「ヨム・キプル5782」を過ごしましょう!

明日、9月15日(水曜日)の夜、ヨム・キプル(YomKippur)が始まります。

私たちの中に存在するネシャマ(魂)の最も純粋な部分が明らかにされる日です。永遠の許しの日に、創造主の前に天使として立つ日です。一人ひとりの名前が命の本に 封をされ、善い年となることに祈りを捧げます(*ユダヤ暦において新年となる「ロシャ・ハシャナ」で人類一人ひとりの名前が「命の本」に記される、とされ、「ヨム・キプル」では「命の本」に記された名前が封をされる(sealed)とされています。)。それぞれの人生において、あらゆる良きことが明かされますように。コロナからモシア王が、今この時、エルサレムに訪れますように!

私たちはヨム・キプルの断食の前に行われる食事の準備をしています。名古屋に住む友人のシュロミは、ヨム・キプルの訪れを前に、大きなビートやピーマン、甘いカボチャ、多くの新鮮で美味しい野菜を送ってくださいました。祝福すべきヨム・キプルとバル・ミツヴァのために、たくさんのハラロールと食欲をそそる料理の準備が出来ています!

ヨム・キプルは、3,334年前にユダヤ人が「金の子牛」の偶像を作った際に、G-d(神)によって許しと贖罪の日として定められました。 ヨム・キプルへの参加を希望される場合は、新型コロナウィルス感染症対策のため事前にその旨をメール([email protected])にてお送りください。

ヨム・キプルのスケジュール

9月15日(水曜日)

午後2時    断食前の食事

午後5時30分  キャンドル・ライティング

午後6時30分  コル・ニデェリ (ヨム・キプルの開始前に謡われる祈り)

9月16日(木曜日)

午前10時   朝の礼拝

午前11時   イズコール (弔いの祈り)

午後4時30分  ミンハ (午後に行われる祈り)

午後5時    ネイラ(ヨム・キプルの最後に謡われる祈り)とショーファー(角笛)を吹く

午後6時30分  断食後の食事

ユダヤ人の埋葬について ー律法との関係

ユダヤ人の埋葬について ー律法との関係

火葬は日本で一般的な慣習です。しかし第二次世界大戦以前において火葬は一般的ではなく埋葬されていました。その例として天皇の家族は火葬されずに埋葬されています。


ユダヤ教の律法では火葬は禁止されています。その理由としては地球の土より生まれた私達が土に帰る定めにあるとされているからです。人間の肉体は、魂との神聖なパートナーと見做されています。私達の肉体は魂が保管される容器として神から与えられている為、120年後(ユダヤ教において人間の寿命とされている年数)に人生を全うした後、創造主に返還されるとしています。それ故、律法は人間は肉体を燃やす権利を持たないと定めています。

先日、日本に在住のユダヤ人男性が55歳の若さで突如亡くなりました。日本に30年以上住んでいました。ご遺族は、彼の遺体が律法に沿い葬ることが出来るか非常に心配していました。ラビ・エデリーは遺体が速やかにイスラエルに輸送できるように手配しました。律法は、家族が亡くなった後は死後すぐ後に葬ることを定めています。コロナのために多くの地方事務所が閉鎖されていましたが、ラビ・エデリーが課題を克服するためあらゆる方法を考えました。中山泰秀防衛副大臣のご好意により、外務省の三宅先生とのご協力を頂き、無事に遺体をイスラエルに輸送することができました。このユダヤ人男性はイスラエルのティベリアにある家族の近くに埋葬されました。

メシアがすぐに訪れ、彼はすぐに愛する家族らと再会することが出来るでしょう。

勇気と献身の輝かしい例:ラビ・レヴィ・イッツチャク・シュネルソンの物語

勇気と献身の輝かしい例:ラビ・レヴィ・イッツチャク・シュネルソンの物語

今日(7月29日)は、レッベの父、ラビ・レヴィ・イッツチャク・シュネルソンが亡くなった日です。彼はエカテリノスラフ(現在ではウクライナ・ドニプロペトロウシク州)の首席ラビでした。あらゆるユダヤ人を助けるために為された彼の勇気と献身は類のないものでした。ソビエト連邦(ソ連)における全てのユダヤ人の支援を行いましたが、後に反共産主義的であるとして投獄され、ユダヤの教えと発展を強制的に止めさせられてしまいました。

ソ連は彼をカザフスタン・チレ(Chile)に送還し、ユダヤの共同体から分離させました。この送還によりシュネルソンは肉体的にも精神的にも非常に困難な状況におかれました。空腹と病気、多くの沼地、夏の猛暑、冬の極寒と雨という過酷な環境の中生き抜いていました。

しばらくしてラビ・レヴィ・イツハァクの妻であるハナと出会いました。彼女は葉からインクを作り、シュネルソンがカバリズムに基づいた教えを書き続けることを可能にし、その功績は現在でも目にすることが出来ます。その後、シュネルソンは送還先から解放されアルマトゥイ(カザフスタン)に移住後亡くなりました。

彼はどれ程の耐え難い状況でもユダヤ教を生かし続けた尊い自己犠牲の一例です。私たちは今日、シュネルソンの功績で存在しています。
モシアが今来ますように、そしてシュネルソンと彼の妻であるハナに出会えますように。