破壊

破壊

津波は信じられないくらいの破壊をもたらしました。

多くの人たちの命が失われました。これは想像できないくらい悲しいことです。最初、ラビ・エデリーは、完全なる破壊と言えるようながれきからご遺体を探していた自衛隊を助けました。たくさんの人が、避難所などの掲示板に行方不明の愛する人たちの写真を貼り、「誰かこの人を見かけませんでしたか。」と聞いていました。亡くなった人たちをできるだけ早くきちんと埋葬することは、最期に際しての敬意としてこれ以上ないくらい大切なことです。

家も、ビルも、工場も、車も、みんなおしつぶされ、押し流されてしまいました。家があった場所に戻り、たぶん先だった人たちの写真やいろいろな大切なものを拾い集める人たちを目にしたものです。けれどほとんどのものは津波に持っていかれてしまいました。

最初の1週間、家を破壊された人たちは避難所にとどまりました。問題は、このように多くの人たちに対して、十分な数のシャワーやトイレがなかったことです。ラビ・エデリーとスタッフたちは人々を近くの温泉へ連れて行きました。こうして被災者の方たちはシャワーを浴びることができ、人間らしい気持ちを取り戻すことができました。ラビたちは、みなに順番がまわってくるよう、毎日何往復も温泉へ人々を運びました。

仙台空港は完全に破壊され、飛行機は飛んでいませんでした。

東北への道はほとんどこわれて、安全ではありませんでした。人々は、生活に必要な基本的なものを手に入れられませんでした。トラックが商品を東北まで運べなかったからです。お店は商品がなくからっぽでした。タンクローリーが北へ向かえなかったため、ガソリンも不足していました。政府は、援助隊にガソリンが優先的にまわるようにしました。ラビ・エデリーとスタッフたち、自衛隊は高速道路を使う特別な許可を得ました。

興味深いことに、木々は生きていました。何本かの木は頭まで津波につかり、しかし折れませんでした。根が深く、強く張っていたからです。

何人かの人は、木のてっぺんにつかまり、津波から奇跡的に生還しました。

人は木に似ています。木は強い根があることで、強い風や水害や、台風や津波に耐えられます。同様に、人には創造主の息吹が込められていて、それによって心を強くたもち、破壊やトラウマから立ち直れます。

東北の津波はしかしまた、個人を、そしてコミュニティを再建にむけた、希望、強さ、へこたれなさを奮い立たせました。この震災の破壊から、いろいろなレベルで多くの成長や発展が生まれました。多くのつながりや友情が結果として生まれました。ラビ・エデリーには、彼を愛し、ありがとうと言ってくれるたくさんの北の友人ができました。

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