焼き芋プロジェクト

焼き芋プロジェクト

ラビ・エデリーは2011年3月11日をこのように思い返します。

「金曜日の午後2時46分に津波が日本を襲った時、私達の家も地震で激しく揺れていました。何が起こっているのか把握することが出来ませんでした。ハバッドハウスを訪れた人々により、私達は東北地方が津波と大地震に襲われ、甚大な被害を受けたと知らされました。土曜日の晩、東北を思いながら直ぐに旅立ち、私達の持つ全てのものを分配しました。しかし東北への道が地震の被害を受けていたので、東京へ戻る道中にガソリンスタンドが営業していないことに気づきました。私達は幸運なことに、福島に住む母親を訪れたラーメン屋の店主の乗用車で、東京の五反田駅まで乗せてもらいました。五反田に着いた時は既に真夜中で、(ハバッドハウスの位置する)大田区山王までは徒歩で帰らなければなりませんでした。」

五反田駅の側に立っていると、ラビ・エデリーは「美味しい焼き芋」とスピーカーから放送する、焼き芋屋のトラックを見かけました。ラビは焼き芋屋の運転手に東北まで運転する事は可能か、と聞きました。運転手は突然の提案に躊躇し、その申し出を断りました。それに対しラビは多額の給与を支払うこととさつま芋を全て提供することを約束しました。運転手は申し出を承諾し、ラビは彼に前金を支払い、東北に到着した後に残りの給与を支払う事を伝えました。

その日から、ラビ・エデリーは多くのさつま芋を購入し、何ヶ月もの間、仙台市や岩沼市、亘理町、石巻市など東北中を移動し、焼き芋を無料で配りました。人々は東北の凍えるような冬に馴染み深い焼き芋への愛情を示し、喜び、快適さ、そして希望を表しました。

毎朝、ラビとスタッフは早くに起床し、何百ものさつま芋をトラックのオーブンで焼きました。8時には避難所の被災者に配り、何度も焼き芋を作りました。しかし1つのオーブンでは足りないことが分かり、ラビは周辺地域の全ての人に行き渡るように2つのオーブンを追加で購入しました。

温かい焼き芋は震災時において被災者の心も温める食べ物でした。高齢者は美味しく食べ、母親は温かく栄養価の高い焼き芋を子供達に、そして自分も含めて食べられることを感謝していました。手軽な食べ物であるにもかかわらず、瞬時に人々の心を温める様子はまるで魔法のようでした。

この活動はラビが震災下に行った最も独創的なプロジェクトでした。焼き芋を配っている最中、1人の子供がラビに駆け寄り、「僕が将来何になりたいか知ってる?将来は焼き芋やさんの運転手になりたい!焼き芋屋さんになったら皆んなに食べ物を配って、幸せにできるから!」と笑顔でラビに言いました。宮城県知事はラビ・エデリーと彼のスタッフに感謝の意を表しました。

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